続・座布団おじいさんのお話


「座布団おじいさんのお話」というタイトルで、以前文章を綴りましたが、今日はその続編のようなお話です。
映画『Lost & Found』の中にある、おじいさんが冬の寒いベンチに座布団をひいていくエピソードは、東武東上線のつるせ駅がモデルになっていることは、すでに書きましたが……


同窓会出席のため実家へ帰る途中、久しぶりに乗った東上線で、ふとその「つるせ駅」のことを思いだしました。
今もまだ座布団が敷いてあったらいいなぁ……ブログにも書いちゃったしなぁ……
そんな私の思いをつるせ駅は裏切りませんでした。
……あっ!
速度を緩ませずにつるせ駅を通過していく、無情な急行電車。
でも、流れていく車窓の中に、私は色とりどりの座布団がベンチに敷いてあるのを見ることができたのです。


今でも続いているんだぁ。
なんだかとても心が温まりました。


同窓会も終わり、実家に顔を出したその帰り、今度は各駅停車の電車に乗ってみました。
そして、初めて、その「つるせ駅」に降りてみました。


ホームにある6つくらいのベンチには、それぞれ違う色と柄の手作り風の座布団が敷かれていて、いちいち写真に収めながら歩く私は、たまに不審な目を向けられましたが、かまわず感慨にふけっていました。
そして、その座布団の上に座って、次の電車を待ってみたのでした。


■■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■■□■□□■■□■□□■■□■□□

映画『Lost & Found』

監督:三宅伸行

脚本:荒井真紀/三宅伸行

撮影監督:八重樫肇春

キャスト:菅田俊坂田雅彦、畑中智行、寉岡萌希藤井かほり菜葉菜、ひもの屋カレイ、三田村賢二、菅原瑞貴、永井穂花、ジリ・ヴァンソン、田中優

☆六本木シネマートにて公開決定 ※映画『ロックアウト』(監督:郄橋康進)との日替上映になります。

詳しくは下記サイトへ

http://www.gr-movie.jp

日々、Lost & Found

先日、とある洋食屋さんに入って、オムライスを頼んだ。
そのオムライスにかかっていたデミグラスソースが本当においしく、どうやったらこんな深い味わいが出せるのかとか、軽くソテーした野菜やきのこがソースにのっているのを見て、なるほど、ソースと一緒に煮込まない方が、野菜の色が残せて見た目もいいなとか、いろいろ学びながら食べた。
食事が終わり支払いのときにも、私は食べたばかりのオムライスで頭が一杯だった。
店を出た瞬間、ふと不思議な感覚に襲われたが、私はそれを見過ごした。


そのあと、買わなければいけないものがあったので、私は目当ての店へと向かった。
その途中、先ほどの感覚がふと蘇った。
小さな小さな喪失感。
そういえば、今日、出掛けたときからずっと肩にあった重みが消えている……!
…………カメラがない。


私は人混みも顧みずにひとり立ち止まり、呆然とした。
カメラは一眼デジカメだった。
私にとっては、高価なもの。
それだけではない。
そのカメラには、その日のロケハンで撮った大事な写真が山ほど入っていた。


どこでなくしたのか、一瞬あまりの混乱にわからなくなったが、洋食屋さんを出たときにかすめた感覚を思い出し、その店へ戻ってみることにした。
店を出てからけっこう時間も経っていたこともあり、心配だった。
もしなかったら、どうしよう。


駆け足で洋食屋さんに戻る間、『Lost & Found』のことを考えた。
『Lost & Found』では、持ち主の手を離れたデジカメのエピソードが出てくるが、普通は逆だよなぁ…と思う。
自分の落とし物体験を脚本に活かすならまだしも、自分で書いたことがそのまま自分に降りかかってくるなんて…。
あのカメラの中身を他人に見られたら、どう思われるんだろう。
「撮影で使うロケーションの候補を写真に撮ってたんです」
と言えば、どうってことない写真だけど、何の説明もなかったら、けっこう不思議な写真たちだ。


でも、こういうことって、よくある。
物語として書いたことが、自分の現実に起こること。
そして、それはいいエピソードではなく、大抵悪い出来事の方が多い。
こういうとき、私は、何か戒めのようなものを感じる。
簡単に物語を書いてはいけない。
本当にそれは、書かれるべきことか。


デジカメのことだけではない。
『Lost & Found』では、主人公に深刻な影も背負わせてしまったが、その本当の気持ちを理解したのは、映画が完成し、完成披露の上映が終わったあとのこと。
一気に景気が後退した世界的不況のあおりが、私の所属する小さな会社にも押し寄せたときだった。
身近なところでも、『Lost & Found』の主人公の経験したことが、本当にそのまま現実となってしまった人もいる。
人がどん底に落ちたり、死んでしまったり、書くのは簡単にできるけれど、それを書くには相応の覚悟と責任があることを、今は実感している。


さて、私のなくしたカメラの話ですが。
物語と同じく、無事に手元に戻ってきました。
よかったです…。




■■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■■□■□□■■□■□□■■□■□□

映画『Lost & Found』

監督:三宅伸行

脚本:荒井真紀/三宅伸行

撮影監督:八重樫肇春

キャスト:菅田俊坂田雅彦、畑中智行、寉岡萌希藤井かほり菜葉菜、ひもの屋カレイ、三田村賢二、菅原瑞貴、永井穂花、ジリ・ヴァンソン、田中優

☆六本木シネマートにて公開決定 ※映画『ロックアウト』(監督:郄橋康進)との日替上映になります。

詳しくは下記サイトへ

http://www.gr-movie.jp

落とし物あずかり所、初めての訪問

「初めての落とし物」というタイトルでこのブログをスタートさせたが、今日は、初めて駅の落とし物あずかり所を訪問したときの話を。


電車とのつきあいは、高校に通学するときから始まったが、高校時代に駅の落とし物あずかり所へ行ったことはなかった。
駅や電車で、物をなくしたことがないわけではない。
定期券は数回落としたし、学生証もなくしたことがある。それから、傘も。
でも、定期券や学生証は自宅に連絡が来て、落とし物あずかり所ではなく駅の窓口で受け取った。
そして、傘は取りに行かなかった。


大学生になって、電車の網棚に忘れ物をしてしまったとき、初めて取りに行かなければ…と思った。
駅員さんに問い合わせをして、池袋の落とし物あずかり所へ行くように指示される。
身近なようで、そうでもない、落とし物あずかり所。
……こんなとこにあったんだ。いつも前を通っている場所にそれはあり、少し驚いた。


中に入ると、係員の方がふたり。
とてもにこやかに、やさしく対応してくれた。
「あった、あった。よかったねー」と私よりもうれしそうな顔をしてくれたのが、印象的だった。
忘れ物を受け取ると、言われた。
「印鑑、持ってないよね…。ここに拇印押してくれる?」
朱肉を出され、ノートを指差された。


拇印を押すのは、初めての体験だった。
べたっと自分の指紋が押されたノート。
そのときに、何を受け取りに行ったのかは、すっかり忘れてしまったのに、ノートに名前を書き、住所を書き、拇印を押したことは、どうしてか心に残った。


『Lost & Found』で描いた落とし物あずかり所のイメージは、私が初めてお世話になったこの落とし物あずかり所に影響を受けている。
落とし物管理のコンピュータ化が進み、最近行った別の落とし物あずかり所では、もう拇印を押すようにも言われなかったけれど、映画の中ではどうしても、アナログな感じや温かい人間味ある雰囲気を描きたかった。


映画のロケーションとして協力してくれる鉄道会社を探しているとき、この落とし物あずかり所に行って頼んでみた。
場所は移転し、中は昔と趣も変わり整然としていて、そこにいる係員も当然ながら替わっていた。
「ここが初めて利用した落とし物あずかり所なんですよ」と、情に訴える方向で撮影の協力を求めたが、かなりあっさりと断られてしまった。
その代わり、フラワー長井線という、この上ない撮影協力をしてくれた路線に出会うことになった。
そんな話も、またいつか……。



☆☆☆
昨日(2/14)にアップルストア銀座で行われた監督トークショーには、大勢の方に足を運んでいただき、本当にありがとうございました。
2/27(土)〜の映画公開中も、このようなイベントがあるので、ぜひ遊びに来てください。



■■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■■□■□□■■□■□□■■□■□□

映画『Lost & Found』

監督:三宅伸行

脚本:荒井真紀/三宅伸行

撮影監督:八重樫肇春

キャスト:菅田俊坂田雅彦、畑中智行、寉岡萌希藤井かほり菜葉菜、ひもの屋カレイ、三田村賢二、菅原瑞貴、永井穂花、ジリ・ヴァンソン、田中優

☆六本木シネマートにて公開決定 ※映画『ロックアウト』(監督:郄橋康進)との日替上映になります。

詳しくは下記サイトへ

http://www.gr-movie.jp

「あたしが落とし物!」

道に迷ったとき。
英語では「I'm lost.」という。
学生時代、この表現を習ったとき、何かとても不思議な感じがした。
「私は、なくされました」ってこと?…で、誰に?

でも、子供のときの迷子体験を思い出せば、かなりしっくりくる。
それは、親にlostされたという感覚が強いからだ。
人並みに迷子体験があり、迷子になっているという事実に気がつかないまま、探し出されることもあったが、親からはぐれたと強烈に意識して薄暗くなる中をやたらめったら歩いた記憶もある。
そのときの心細さといったら……!
もう二度と両親に会えないかもしれない…
このまま道でお腹がすいて倒れて、暗くなって幽霊に襲われて……
子供特有の想像力はバッサバッサと羽を広げ、自らを恐怖に落とし込んでいく。


私の一番の、恐怖の迷子体験は、しかし、ひとりではなかった。
たぶん、6歳くらいのときだったと思う。
田舎から祖父と祖母がうちに遊びに来ていて、私を散歩に連れ出してくれた。
おじいちゃんとおばあちゃんとの散歩は、それはそれは楽しかった。
随分と長い間歩いた。
足が疲れてきて、もう帰りたいな…と思い始めた頃、ようやく異変に気づいた。
おじいちゃんとおばあちゃんが口論を始めていたのである。
「だから、あんなに道知っているの?って聞いたじゃない!」
「大丈夫だって!きっとこっちだから…」
どうも、おじいちゃんがどんどんと私たちを遠くに連れ出してしまったものの、帰り道がわからなくなっているようなのだった。
不安を隠せない私に、「大丈夫だよ」とおじいちゃんはアイスを買ってくれる。
……全然、おいしくなかった。それより、早く家に帰りたい。
おばあちゃんは、相変わらずおじいちゃんを責めている。
この光景を見て、私の中の大人に対する信頼が揺らぎ始めた。
大人は何でも知っていると思っていたけど、考えてみれば、おじいちゃんとおばあちゃんにとって、ここは未知の土地なんだ。
私たち、迷子になったんだ。


本当に何時間も歩いた。
あたりは暗くなってしまった。
おじいちゃんとおばあちゃんには、為す術がないように見えた。
うちの電話番号も、うちがどの地域にあるのかも、ここがどこなのかも、本当に何もわからなかったのである。


さらにあてどもなく歩く。
とある酒屋さんに立ち寄った。
おじいちゃんが道に迷ったことを酒屋さんに話すと、ここらへんの子かなぁ…と私に名前を訊いた。
名前を訊かれたのに、私は住所まで言った。
その頃の癖で、住所をそらで言うと大人たちに褒められたので、私は名前とセットで住所も言ったのだ。
「住所、言えるの!?」
おじいちゃんとおばあちゃんは、驚きの表情だった。
だったら、もっと早く教えてよ…という心境だったかもしれないが、私は幼すぎて、自分が住所を暗記していることが今の状況に役立つとはわからなかった。
「なんだ!ちょうど配達で行くところの近くだよ」
酒屋さんはそう言い、私たちをバンの荷台に乗せてくれた。
これで、家に帰れる…。
酒瓶の間で揺られながら、ほっとして涙がにじんだ。


家に着くと、心配していた母が飛び出してきた。
そして、びっくりもしていた。
送り届けてくれた酒屋さんが、とても遠くにある店だったからだ。
「どこまで行ってたのよ〜」
そういう母に、おじいちゃんとおばあちゃんは、私が住所を言えたから帰って来られたと話し褒め称えた。
私は本当に誇らしい気分だった。


住所といえば、『Lost & Found』に出てくる当時6歳だった子役のほのかちゃんは、セリフにあった住所をいまだに言うことができる。
撮影から3年近く経った今も、である。
前回の上映の舞台挨拶で、「東京都杉並区高円寺……」と、番地まで完璧に披露したのだ。
大人のキャストたちは驚き感心していた。
撮影が終われば、みんな、セリフはきれいさっぱり忘れるもんだと言う。
みんなに褒められるほのかちゃんの照れ笑いを見て、私もその昔味わった気分をちょっと思い出したりした。


【お知らせ】
2/14(日)に『Lost & Found』と『ロックアウト』のふたりの監督によるトークショーが、13:00より銀座のアップルストアにてあります。
銀座にお越しの際には、ぜひ遊びに来てください!
詳しくはこちらまで↓↓
http://www.apple.com/jp/retail/ginza/

■■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■■□■□□■■□■□□■■□■□□

映画『Lost & Found』

監督:三宅伸行

脚本:荒井真紀/三宅伸行

撮影監督:八重樫肇春

キャスト:菅田俊坂田雅彦、畑中智行、寉岡萌希藤井かほり菜葉菜、ひもの屋カレイ、三田村賢二、菅原瑞貴、永井穂花、ジリ・ヴァンソン、田中優

☆六本木シネマートにて公開決定 ※映画『ロックアウト』(監督:郄橋康進)との日替上映になります。

詳しくは下記サイトへ

http://www.gr-movie.jp

座布団おじいさんのお話

ずっと、落とし物にまつわる文章を連ねてきましたが、今日は、少し趣向を変えて。
(落とし物のネタ切れではありません…笑)


映画『Lost & Found』の中に、<座布団おじいさん>というのが出てくる。
駅のホームのベンチに手作り風の座布団を敷いていく、駅の清掃員のおじいさんとして、脚本の中では描いた。
冬の寒い時期、プラットホームのベンチは冷え切っている。
そこにおじいさんは一枚一枚乗客のために座布団をひいていくのである。


この登場人物、脚本の中では温かいひとだけれど、現実問題、映画制作においてはスタッフ泣かせの人物だった。
この映画は群像劇なので、物語に直接関わる登場人物が多い。
そして、その登場人物たちは、脚本を書き始める前に、監督との話し合いですでにFIXしていて、当初<座布団おじいさん>なる人物はそこに存在しなかった。
けれども、書き進めていく中で、どうしてもこのおじいさんを出したくなった。
そして、内緒で書いてみた。
もちろん、すぐに見つかった。
「何で、登場人物増えてるの!?」
限られた条件で映画を完成させなければならないという状況の中、登場人物がひとり増えるというのは、大げさでなく死活問題だった。
映画は、ほぼ、山形ロケで行われ、たくさんのキャストを山形へ連れて行かなくてはならない。
交通費、宿泊費、ひとり増えるとそれだけ出費がある。
制作費はすでにギリギリの線をたどっていた。
「この役、本当に必要??」
「……必要です」
自分のわがままだろうか…。
そう心をよぎったのは、この役に個人的な思い入れがあったからだった。


実家が埼玉で、学生時代、長らく東武東上線を使っていた。
そこに、<つるせ>という、駅がある。
その駅のベンチに、毎年冬になると、ベンチにかわいい座布団が敷かれるのである。
急行も停まらない小さな駅で、私は降りたことが一度もないのだが、電車の中からその光景を毎冬、眺めていた。
同じ東上線でも、他の駅では座布団は敷かれない。
ということは、決められたルールではなく、つるせ駅の方の思いやりでそれは行われているのだろうと思った。
急行電車に乗りながら、車窓を過ぎていくその駅のベンチ眺め、座布団を敷いてくれている人はどんな方だろうと想像した。


……と、こんな超個人的な思いだけで、脚本に登場させることはもちろんできない。
メインストーリーから外れた人物がいることは、物語に厚みをもたせるのに必要だとか、最後にメインキャラクターのひとりとの絡みがあるとか、何をどう言ったか忘れてしまったが、<座布団おじいさん>を何とか認めてもらった。


<座布団おじいさん>は、制作費だけでなく、ただでさえ組むのが大変な香盤表(撮影のスケジュール進行表)をさらにややこしくさせ、ラインプロデューサーの方は「座布団じじぃさえ、いなければ…」ともらしていた。
けれども、完璧なパズルのように、これしかないという驚きの香盤表を彼は組んでくれた。
そして、制作費問題。
やはり、キャストはひとりも増やせない状態。
そして、交通費も宿泊費もかからない方法を検討した結果、何とロケをした駅の実際の駅員さんにその役を演じてもらったのだ。


脚本は、筆を動かせば、何でも可能にしてしまうけれど、それを映画として実現するには予想を超える問題が出てきたり、努力が必要になってきたりする。
そのことを肝に銘じて、無駄なものは絶対に書いてはならない。
そういう責任を感じた一件だった。


<座布団おじいさん>が必要な登場人物なのかどうかは、観客のみなさんにゆだねることにします。



■■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■■□■□□■■□■□□■■□■□□

映画『Lost & Found』

監督:三宅伸行

脚本:荒井真紀/三宅伸行

撮影監督:八重樫肇春

キャスト:菅田俊坂田雅彦、畑中智行、寉岡萌希藤井かほり菜葉菜、ひもの屋カレイ、三田村賢二、菅原瑞貴、永井穂花、ジリ・ヴァンソン、田中優

☆六本木シネマートにて公開決定 ※映画『ロックアウト』(監督:郄橋康進)との日替上映になります。

詳しくは下記サイトへ

http://www.gr-movie.jp

落とし物ナンバーワンの称号

“駅での落とし物ナンバーワンはなんでしょう?”
そう訊かれたら、大抵のひとは正解を出せるのではないだろうか。


答え:傘


自分において考えても、傘は、人生のうちでたぶん10本以上は、なくしている。
何本なくしたのかも憶えていない、傘ってそんな存在。
どうせなくすから、ビニール傘しか使わないという友人も周囲にけっこういる。


以前、大型スーパーで、傘の安売りをしている光景を見かけた。
安い〜!しかも品揃え豊富〜!
・・・でも、なんか変。
そう思ったのは、売っている傘がどれも一点ものだったからだ。
よく見ると、横の看板にこう説明されている。
「これらの傘は、駅の忘れ物の傘です。落とし主が一定期間現れなかったため、販売しております」
正確にはどのように書いてあったか忘れてしまったが、とにかくこんな内容の文章が添えられていた。
え?売るの!?
と、一瞬思ったが、確かに処分するよりもいいことだ。
きっと、売上金も、有効に活用されるはずだし。
でも、その傘たちを見て思った。
どれも新品のようにきれいで、どこも不具合がないのにも関わらず、持ち主が取りに来なかった傘たち。
駅や電車で忘れた場合、ほんのちょっと探す気持ちがあれば、わりと簡単に手に戻るのに。
それをしない持ち主がこんなにたくさんいるんだ。
もちろん、自分も含めて。
聞きかじりの数字だけれど、忘れ去られた傘が持ち主に戻る率は0.5%にも満たないと聞いたことがある。
雨の日は重宝するのに、晴れた途端に忘れ去られる傘。
多くのひとにとって、傘って都合よく扱われている。


売られている傘たちを目の前に、ちょっと思うところがあったくせに、私は、その後も相変わらず傘をなくし続けた。
こんな私が、ここ3年ほど、同じ傘をずっと使っている。
それがプレゼントされた傘だからだ。
傘をいただいたとき、正直、ちょっとひるんだ。
・・・絶対いつかなくしてしまう。
それからというもの、傘を持って出るときは、緊張するようになった。
電車でも、手すりにかけるのをやめ手放さずにいる。
何度か、居酒屋さんやレストランに忘れたことがあったけれど、すぐに気がつきちゃんと取りに行った。
表面の撥水加工はとれ、だんだんくたびれていく傘だけど、その様子に愛着を増している今日この頃である。



■■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■■□■□□■■□■□□■■□■□□

映画『Lost & Found』

監督:三宅伸行

脚本:荒井真紀/三宅伸行

撮影監督:八重樫肇春

キャスト:菅田俊坂田雅彦、畑中智行、寉岡萌希藤井かほり菜葉菜、ひもの屋カレイ、三田村賢二、菅原瑞貴、永井穂花、ジリ・ヴァンソン、田中優

☆六本木シネマートにて公開決定 ※映画『ロックアウト』(監督:郄橋康進)との日替上映になります。

詳しくは下記サイトへ

http://www.gr-movie.jp

『Lost & Found』後遺症・・・


『Lost & Found』というタイトルの映画の脚本を書いてから、駅構内にある「Lost & Found」の文字がやたら目に入るようになってしまった。
ある日のこと、待ち合わせ場所の目の前に落とし物あずかり所があり、とても大きな看板を掲げていたので、思わずカメラを取り出し写真を撮っていたら、ひとりのサラリーマン風の男性がフレームに入ってきた。

男性は鞄以外に何も持っていなかったので、何か落とし物をとりに来たのだろうか。
応対した係員が奥に引っ込んでしまってから、しばらく間があった。
彼はなくしたものを取り戻せるのか…と、待ち合わせ時間よりだいぶ早く着いて暇な私は、ちょっとドラマチックに彼を見守った。
すると、係員は何かを手に男性の方へ戻ってきた。
・・・水筒だった。しかも、かなり大きい。
世には、水筒男子なる言葉があるが、彼も、会社にその大きな水筒を持っていっているのだろうか。
男性は、受け取った水筒を肩にかけ、軽やかに去っていった。


その姿を見て、自分も同じような経験をしたな…と思い出した。
私の場合は、お弁当だった。
帰りに忘れるならまだしも、朝、まだお弁当の中身がぎゅうぎゅうにつまっている状態のものを、どこかへ置いてきてしまったのである。
しかも、私は、お昼になるまでその事実に気がつかなかった。
いざ、食べようとすると、……ない。
一瞬「あっ、今日は持ってこなかったんだっけ」とも勘違いしそうになるが、いや、やっぱり今朝ちゃんと作ったはず…と思い返す。
「あーあ、またやっちゃった」と思ったのは、私は作ったお弁当をそのまま家に忘れたのだと思ったからだ。
そういう失敗は今までに何度もしていた。

仕事が終わり、家に帰ってみると、お弁当はなかった。
……あれ?


結局、電車の網棚に忘れていたお弁当は、落とし物あずかり所へいっているという情報を得た。
けれども、その後数日間、仕事が忙しくて普通の時間に帰宅できなかった私は、落とし物あずかり所の開いている時間にどうしても間に合わず、生ものであるところのお弁当の中身はこのままどうなるのだろうと心配しながら、しまいには、取りに行きたくないなぁ…なんて思ってしまった。
だって、絶対にカビが生えていたり、腐ったりしている…。
でも、もしかしたら、落とし物あずかり所のひとが、気を利かせて中身を処分してくれてるかもしれない。
だって、見るからにお弁当だし、中身がつまっていますって感じに重いし!


けれども、一週間後、にこやかな係員のおじさんから受け取ったお弁当は、やっぱり重かったのでした…。


☆☆☆

【お知らせ】
本日(2/3)発売の「シナリオ」という雑誌に、『Lost & Found』の脚本が掲載されています。
本屋さんで見かけたら、ぜひ覗いてみてください。


■■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■■□■□□■■□■□□■■□■□□

映画『Lost & Found』

監督:三宅伸行

脚本:荒井真紀/三宅伸行

撮影監督:八重樫肇春

キャスト:菅田俊坂田雅彦、畑中智行、寉岡萌希藤井かほり菜葉菜、ひもの屋カレイ、三田村賢二、菅原瑞貴、永井穂花、ジリ・ヴァンソン、田中優

☆六本木シネマートにて公開決定 ※映画『ロックアウト』(監督:郄橋康進)との日替上映になります。

詳しくは下記サイトへ
http://www.gr-movie.jp