座布団おじいさんのお話

ずっと、落とし物にまつわる文章を連ねてきましたが、今日は、少し趣向を変えて。
(落とし物のネタ切れではありません…笑)


映画『Lost & Found』の中に、<座布団おじいさん>というのが出てくる。
駅のホームのベンチに手作り風の座布団を敷いていく、駅の清掃員のおじいさんとして、脚本の中では描いた。
冬の寒い時期、プラットホームのベンチは冷え切っている。
そこにおじいさんは一枚一枚乗客のために座布団をひいていくのである。


この登場人物、脚本の中では温かいひとだけれど、現実問題、映画制作においてはスタッフ泣かせの人物だった。
この映画は群像劇なので、物語に直接関わる登場人物が多い。
そして、その登場人物たちは、脚本を書き始める前に、監督との話し合いですでにFIXしていて、当初<座布団おじいさん>なる人物はそこに存在しなかった。
けれども、書き進めていく中で、どうしてもこのおじいさんを出したくなった。
そして、内緒で書いてみた。
もちろん、すぐに見つかった。
「何で、登場人物増えてるの!?」
限られた条件で映画を完成させなければならないという状況の中、登場人物がひとり増えるというのは、大げさでなく死活問題だった。
映画は、ほぼ、山形ロケで行われ、たくさんのキャストを山形へ連れて行かなくてはならない。
交通費、宿泊費、ひとり増えるとそれだけ出費がある。
制作費はすでにギリギリの線をたどっていた。
「この役、本当に必要??」
「……必要です」
自分のわがままだろうか…。
そう心をよぎったのは、この役に個人的な思い入れがあったからだった。


実家が埼玉で、学生時代、長らく東武東上線を使っていた。
そこに、<つるせ>という、駅がある。
その駅のベンチに、毎年冬になると、ベンチにかわいい座布団が敷かれるのである。
急行も停まらない小さな駅で、私は降りたことが一度もないのだが、電車の中からその光景を毎冬、眺めていた。
同じ東上線でも、他の駅では座布団は敷かれない。
ということは、決められたルールではなく、つるせ駅の方の思いやりでそれは行われているのだろうと思った。
急行電車に乗りながら、車窓を過ぎていくその駅のベンチ眺め、座布団を敷いてくれている人はどんな方だろうと想像した。


……と、こんな超個人的な思いだけで、脚本に登場させることはもちろんできない。
メインストーリーから外れた人物がいることは、物語に厚みをもたせるのに必要だとか、最後にメインキャラクターのひとりとの絡みがあるとか、何をどう言ったか忘れてしまったが、<座布団おじいさん>を何とか認めてもらった。


<座布団おじいさん>は、制作費だけでなく、ただでさえ組むのが大変な香盤表(撮影のスケジュール進行表)をさらにややこしくさせ、ラインプロデューサーの方は「座布団じじぃさえ、いなければ…」ともらしていた。
けれども、完璧なパズルのように、これしかないという驚きの香盤表を彼は組んでくれた。
そして、制作費問題。
やはり、キャストはひとりも増やせない状態。
そして、交通費も宿泊費もかからない方法を検討した結果、何とロケをした駅の実際の駅員さんにその役を演じてもらったのだ。


脚本は、筆を動かせば、何でも可能にしてしまうけれど、それを映画として実現するには予想を超える問題が出てきたり、努力が必要になってきたりする。
そのことを肝に銘じて、無駄なものは絶対に書いてはならない。
そういう責任を感じた一件だった。


<座布団おじいさん>が必要な登場人物なのかどうかは、観客のみなさんにゆだねることにします。



■■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■□■□□□■■□■□□■■□■□□■■□■□□

映画『Lost & Found』

監督:三宅伸行

脚本:荒井真紀/三宅伸行

撮影監督:八重樫肇春

キャスト:菅田俊坂田雅彦、畑中智行、寉岡萌希藤井かほり菜葉菜、ひもの屋カレイ、三田村賢二、菅原瑞貴、永井穂花、ジリ・ヴァンソン、田中優

☆六本木シネマートにて公開決定 ※映画『ロックアウト』(監督:郄橋康進)との日替上映になります。

詳しくは下記サイトへ

http://www.gr-movie.jp