観られなかった映画

大学の卒業論文で、イラン映画をテーマに選んだ。
ちょうどその頃、イラン映画は、マジッド・マジディ監督の「運動靴と赤い金魚」をはじめとした子供を主人公にした作品で、徐々にその存在感を増し、有名なキアロスタミ監督の次の世代の監督たちが次々に台頭してきた時期でもあった。


とはいえ、論文を書くには、日本でロードショーにかからない作品も何とか探し出して観なくてはならない。
資料としてどうしても観ておきたい作品リストの中に、サミラ・マフマルバフ監督の『りんご』という作品があった。
父親に監禁され生まれてから一度も外に出たことのない12歳の双子の少女が、初めて外の世界と触れる様子を描いている実話をもとにした映画だ。
その作品を上映する映画祭があるという情報をキャッチした。
……よかった!観られる。
喜んで出掛けた。
当日券が売りきれることを心配し、かなり余裕をもって現地に到着。
無事にチケットを入手した。
ここで、安心してしまったのがいけなかった。
上映時間までふらふらと歩き回っていた私は、チケットをなくしてしまったのである。
しかも、友人の分まで2枚とも。
いざ会場に入ろうとして、そのことに気がついた私。
上映時間が迫っていることもあり、諦めてもう一度お金を払ってチケットを買おうとすると、
「売り切れです」


本当にショックだった。
チケット売り場の人に食い下がった。
どうしても観たいから、何とかならないかとか、立ち見でも構わないから…とか、取り乱した私に、憐れんだ目を向けるだけの売り場のひと。
映画祭のひとにまで掛け合ってみたけれど、チケットなしの例外は認められないとのこと。
私たちの次の行動は、何とかなくしたチケットを見つけることだった。
どこかに落としてしまったチケットを見つけるべく、歩いた場所をもう一度辿ってみる。
上映は始まってしまった。
そして、チケットは見つからなかった。


「そんなに大事なら、何でなくしたりするんですかね」
『Lost & Found』で、若い駅員がつぶやくセリフ。
「何で、そんなに大事なものをなくすの?」
友人も、帰りの電車で落胆しきっていた私に、責めるのではなくただそう訊いた。
そんなこと、私だってわからない。
気がついたら、その手から消えていたんだから。


普通の映画を見過ごしたのとは事情がちがった。
日本での公開も、DVD化も、約束されていない小さな作品。
これを逃したら、もしかしたら、一生観ることのできない作品。


映画が好きで、その世界でアンテナを張っていると、そういう作品は本当にたくさんあることに気づく。
そういう作品とは、一期一会になるかもしれない作品ということ。
作品の質と露出度は比例しているわけではない。
全国ロードショーに当然のようにかかる作品の一方に、人に観てもらう機会に恵まれない映画がたくさんある。
『Lost & Found』もそんな作品のひとつに入るだろう。
だから今回の公開には、様々な方の尽力と特別な思いが込められている。


その後、観る機会を得られずに、結局卒論から外すことになった『りんご』という作品。
イラン映画から心を離してしまった今だが、その『りんご』がDVD化されていることを最近知り、嬉しく思った。
イラン映画に根強いファンがいる結果なのだろう。
さて、『Lost & Found』はどうなることか。
今回のロードショーが、一般の人々の目に触れる最後の機会になるかもしれない。
そんな危うさがあるけれど、作品の力を信じて。
『Lost & Found』の初日は、明後日2/28(日)。
舞台挨拶で監督とたくさんのキャストが登壇予定です。
ご来場、心よりお待ちしております。



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映画『Lost & Found』

監督:三宅伸行

脚本:荒井真紀/三宅伸行

撮影監督:八重樫肇春

キャスト:菅田俊坂田雅彦、畑中智行、寉岡萌希藤井かほり菜葉菜、ひもの屋カレイ、三田村賢二、菅原瑞貴、永井穂花、ジリ・ヴァンソン、田中優

☆シネマート六本木にて公開決定 ※映画『ロックアウト』(監督:郄橋康進)との日替上映になります。

詳しくは下記サイトへ

http://www.gr-movie.jp