“落とし物”と“忘れ物”の狭間で

「落とし物」と「忘れ物」
<遺失物取扱所>を舞台とした映画の脚本を書くことになったとき、このふたつの言葉について、とてもとても迷った。
映画の中で、どちらの言葉を採用するべきか。


感覚的に、「落とし物」だろう、と思った。
でも、なぜ・・・?
書き始めてしまってから、再び迷った。


駅の構内を注意深く歩いていると、「お忘れ物承り所」「お忘れ物取扱所」「お忘れ物センター」という表記は目にするが、「落とし物」という表現にはなかなか出会わない。
けれども、最初に思った感覚を大事にすることにし、物語の中心となる舞台を「落とし物あずかり所」とした。
言葉はあまりにも使い慣れすぎると、その言葉本来の意味を意識しなくなってしまうが、「忘れ物」という表現は、考えてみればとても感傷的で強すぎる言葉だと感じた。そして、持ち主に“忘れ去られた”という<物>それ自体に、焦点があたってしまう気もした。
描きたいのは、<物>ではなく、それをなくした<人>の方である。
そして、決定的に「忘れ物」という表現がそぐわないと確信したのは、脚本が書き終わる頃だった。
物語は、登場人物のそれぞれが、何かをなくし、それを見つけていくというものだった。
そして、主人公が<なくしたもの>というのは、決して、<忘れたもの>ではないのだ。それは、影のようにひっそりと、あるいは常にどこかにひっかかるしこりのように、今もずっと彼の中にある。
逆に、「落とし物」という表現は、その点をクリアできるのではないかと思った。
私の勝手な解釈では・・・
【落とし物】知らず知らずのうちに、落っことしてしまったもの。気がついたときには、もうその手にはない……。持ち主はなくして初めて大事なものだったと気がつくときもある。
【忘れ物】持ち主に忘れ去られたもの。いつまで経っても持ち主が現れないかわいそうなもの。


映画の中には、「落とし物あずかり所」という看板がかかっているし、意識的に「落とし物」という言葉を使っている場合もあるが、よく考えた末に、登場人物のセリフの中には、「忘れ物」という表現も混ぜた。
自分が思うところの「落とし物」と「忘れ物」の定義に固執しすぎるのはよくないと思ったし、現実的に「忘れ物です」とした方がしっくりくる場合も多い。
そして、ぐるぐると考えを巡らせていくうちに、最後には<忘れ去られた物>という物に焦点をあてる見方も、排除するべきではないという思いに至った。
落とし物あずかり所の棚に並んでいる、持ち主がいつまで経っても現れない忘れ去られた物たち、それらに囲まれている主人公の係員の姿は、何か象徴的である気がしたのだ。


言葉のもつ曖昧さやその先に広がるイメージと戦って、何とかその棲み分けを作ろうとも思ったけれど、結局そのふたつの言葉にきちんとした境界線をひくことはできなかった。


広辞苑によれば…
【落とし物】うっかり気づかずに落としたもの。
【忘れ物】置き忘れたもの。


ずいぶん簡単に説明してくれるじゃないか……と、思わず脱力してしまうが、「落とし物」と「忘れ物」という言葉の狭間で格闘したことは、物語を考える上で必要なことだったと思っている。




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映画『Lost & Found』

監督:三宅伸行

脚本:荒井真紀/三宅伸行

撮影監督:八重樫肇春

キャスト:菅田俊坂田雅彦、畑中智行、寉岡萌希藤井かほり菜葉菜、ひもの屋カレイ、三田村賢二、菅原瑞貴、永井穂花、ジリ・ヴァンソン、田中優

☆六本木シネマートにて公開決定 ※映画『ロックアウト』(監督:郄橋康進)との日替上映になります。

詳しくは下記サイトへ

http://www.gr-movie.jp